いま、産学連携がブームだ。通産省は大学と地場の企業との交流会・研究会を積極的に推奨しているし、国内各地でTLO(技術移転機関)の設立も相次いでいる。こうしたなか、ここにきて同分野のビジネスに参入するベンチャー企業が急速に増えてきた。だが、産学連携の歴史の浅いわが国で、ビジネスを成功させるのが容易でないことは明らか。では、一体、産学連携ビジネスで成果を上げ、生き残っていくためには、何が必要なのか。さまざまなノウハウを武器に広範な産学連携の支援事業をスタートさせた産学共同システム研究所の取り組みを紹介しよう。

社内起業の経験を独立に生かす
このところ産学連携ビジネスへの新規参入が活発だ。産業界の新たな成長を促す手段が見えていない時代に、数少ない有効手段の一つとして期待されているに他ならない。このような動きを受けて、昨年8月には「大学等技術移転促進法」が施行されるなど、周辺環境の整備も徐々に整ってきた。
しかし、現実は、なかなか思うように進んでいないようだ。昨年11月に、産学共同システム研究所を立ち上げたばかりの白井達郎さんによれば「企業、特に中小企業にとっては大学の敷居は高く、おいそれと相談にいけるような場所ではありません。また、先生達も当然学究肌の人が多いため、研究とビジネス上の交渉事を両立できるほどの人物はそうはおらず、掛け声が先行する割には、現実に成果を上げている例はまだ少ない」と言う。
そこで、双方の実情と環境に精通した実務機関としての仲介役が必要となる。同社は、白井さんとその仲間が、産業界培った知識・経験と大学で得た人脈を生かして、産学連携のコンサルティングを行うために設立した企業である。
白井さんのこの事業との接点は、コンピュータ販売会社の人事部長だった時代に始まる。当時はバブル絶頂期で、一人でも多くの学生を獲得するため、大学めぐりを続けていた。当然、大学との関係は深くなっていく。その過程で企業の成長には人材確保だけでなく、もっと本質的な大学との連携が必要ではないかと考えるようになった。
やがてバブルが弾け、新規事業部長に任命される。新規事業部は次の世代を担う事業の柱作りに挑む、いわば社内ベンチャー的存在だ。そこで、白井さんは人事部長時代に考えていた構想を実行に移すことにした。大学と本質的な関わり、すなわち、大学がもつ技術の商品化を支援し、新しいビジネスを実現させることにある。
しかし、企業内ベンチャーの現実は厳しかった。主要な事業がそこそこうまくいっているときは社内の新規事業への関心は薄い。しかも無用なリスクは侵したくないというのが、経営者の本音でもある。
暗号化による情報セキュリティー分野への進出、企業の社員食堂の自動清算システム、大学への社員の留学など、いくつかの企画を提案したが、実現一歩手前まで行ったプランはあるものの、結局、日の目を見なかった。組織内起業の難しさを悟った白井さんは、97年以来、いままで培った大学とのリレーション、経験、知識を生かすべく、独立を決意したのである。
企業化コースで自らを磨く
実際、設立にあたっては、サラリーマン時代の人脈が大いに生きることになった。最大の協力者は、早稲田大学大学院アジア太平洋研究科教授の松田修一さん。松田さんとは、コンピュータ販売会社の営業時代にマーケティングの勉強会で出会って以来だから、付き合いは15年近くにもなる。
おりしも、早稲田大学ではアジア太平洋研究センターで「早稲田の森からベンチャーを」という理念に基づいて、大学で開発された技術の事業化を目指すベンチャー創業支援を積極的に始めた時期でもあった。大和証券グループと共同で技術移転機関(TLO)の早稲田/大和パイロットプロジェクトも立ち上がる。松田さんはその推進役の一人。松田さんの勧めもあり、白産は研究科のビジネススクールに入学、企業プランニングコースを履修することにした。そして、ここで取り組んだ「油を微生物で水に分解するバイオテクノロジーの研究」が認められ、昨年10月に行われた国際シンポジウムでは、早稲田大学の代表として発表する機械を与えられたのである。
しかし、この技術を事業化するには、相当の資金が必要であった。バイオ事業は実用化への期間や設備の点から言っても、並みの資金でできることではない。考えてみれば、大学や資金を提供するベンチャーキャピタルと、自分のような起業家を結び付け支援する仕組み作りの方が先ではないか。まずは基礎づくりから始めよう。こうして、産学連携のコンサルティング事業が先に立ち上がることになった。
結果的にシンポジウムで発表した研究とは異なるが、早稲田大学アジア太平洋センターの創業支援プログラムから生まれた第1号のベンチャーということになる。
事業パートナーの猿山康雄はライバルのコンピュータ販売会社の人事総務部長だった人。そして、もちろん顧問には松田さん。さらには学生時代の恩師である東京電機大学理工学部教授の市野学さんも名前を連ねている。
同社の事業内容は、じつに多岐にわたる。ビジネススキームには、企業への産官学推進コンサルティングと大学へのTLOへの支援を柱に、起業家を目指す人の支援、学生・社会人両方への就職・再就職のカウンセリング、企業への新卒採用活動支援、大学や教育機関への就職指導、異業種交流研究会の主催といったものだ。企業が学生を一時的に預かるインターンシップ制度にも力を入れていきたいという。要するに、大学と企業に関わる人、物、金の要素がほとんど含まれているという感じだ。
また東京電機大学との業務連携により、リストラに伴うアウトプレースメント事業が間もなく立ち上がる。最近は、リストラにあった卒業生が、母校に再就職を相談にくる例が増えているのだそうだ。大学は学生の就職で手一杯でとても卒業生の再就職まで手がまわらないが、さりとて、放っておくわけにもいかない。そこで、そのような人たちの再就職コンサルティングを引き受けようというのである。
さらに、ベンチャーの技術評価代行業務もスタートさせた。これは、金融機関やベンチャーキャピタルがベンチャー企業に融資する際、融資に値するかどうかの判断材料とするために、企業の技術を分析・評価するサービスである。
「金融機関やベンチャーキャピタルには技術を理解でき、正しく評価できる人材はそうは多くありません。したがって、決定まで時間がかかったり、待ったあげくに融資を断られたりで、なかにはそのために倒産へと追い込まれてしまうケースすらあるのです」と言う。このサービスには、専門分野ごとに相当の知識をもったスタッフが必要となるはず。ここにも知らさんの人脈が生きてくることになるのだろう。
産学連携の仲人役として
しかし、この広範囲な事業をどのようにコントロールして稼げるビジネスに育てていくのか。それがこれからの課題。ビジネス・スキームはどれも無関係ではないといわれればその通りだが、アイデアが拡散しすぎているのが気になるところだ。事実、現時点では、主要ビジネスであるはずの産学共同事業は、まだまだスタートしたとは言い難い。商品登録用のタブレットの製品化がある程度だ。
設立間もない今は、前述した学生向けの就職セミナーや起業家支援セミナーで日銭を稼いでいる状況である。取材した当日も、中小企業診断士の資格をとるためのセミナーが開催され、7〜8名が受講中であった。主要ビジネスである産学連携ビジネスに、どれだけ早く確実な実績を持つことができるか、それが同社が生き残るカギとなるだろう。
だが、白井さんは意気軒昂である。「産学連携はもう戻れない流れ。現在、大学授業料依存型が主流で、依然として収入の75%を授業料が占めています。しかし、少子化などでこれ以上授業料には頼れません。大学の先生達も、研究費は自分で稼がなければならなくなっています。大学は変わっていくはずだし、われわれはそうした大学への提案型ビジネスを展開したい」と言う。
企業にとっても、理科系・工学系の大学や教授、協力スタッフがバックにいる同社の体制は、心強く感じられるかもしれない。
いま、産学連携がうまくいっていないのは、技術や資金以前の問題であることが多い。企業と大学がお互いに求め合いながらも、最良の相手にどこで出会い、どのように付き合っていったらいいのか分からないという段階に留まっているのだ。相手の氏素性と能力・得意技など情報を伝えてくれて、出会いの場をセッティングし、付き合いのアドバイスをしてくれる、まさに仲人の出現が待たれているのかもしれない。(津本真理)